2025年度 冬合宿A 赤岳(2,899m)


【日程】2026年2月21日~22日
【天候】晴れ
【メンバー】CL・気象:てっちゃん、SL・渉外:あじさん、装備主担:しほ、食糧主担:よっつー、食糧副担:だも、食糧副担:まさ、装備副担:ショウ、食糧副担・記録:ボブ
【コースタイム】
2/21 名古屋3:00発 ⇒ 美濃戸口 6:00着/6:45発 ⇒ 赤岳鉱泉 10:45着(デポ)
2/22 赤岳鉱泉 6:15発 ⇒ 行者小屋7:00 ⇒ 地蔵の頭 9:00 ⇒ 赤岳山頂 10:25 ⇒ 中岳分岐 11:00 ⇒ 行者小屋 12:15 ⇒ 赤岳鉱泉 12:45着のちテント撤収 ⇒ 赤岳鉱泉 13:30発 ⇒ 美濃戸口16:30着

《概要》
今回の合宿は、下記の通り2泊3日テント泊で厳冬期の南八ヶ岳 赤岳・硫黄岳へチャレンジする計画としていた。
1日目:美濃戸口⇒赤岳鉱泉(デポ地)
2日目:赤岳鉱泉⇒赤岳(往路:地蔵尾根、復路:文三郎尾根)⇒赤岳鉱泉
3日目:赤岳鉱泉⇒硫黄岳⇒赤岳鉱泉⇒美濃戸口

1・2日目は快晴、風も5m/s以下と天候に恵まれ、1日目の赤岳鉱泉へ到着した際の気温は約1℃、赤岳鉱泉名物のアイスキャンディも溶けてしまいそうな日差しと気温で、小春日和のような体感であった。

2日目の日中に調べた翌3日目の天候が、撤退基準の風速20m/sを超える24m/sの予報であったため、硫黄岳の登頂は断念し、2日目中に撤収し帰路についた。しかしながら、約3カ月間の訓練で培った成果を存分に発揮し、2日目には赤岳へ無事登頂することができた。

《1日目 美濃戸口⇒赤岳鉱泉(デポ地)》
名古屋を3:00に出発し、美濃戸口へ6:00に到着。この時点で美濃戸口の駐車場は約3分の2以上が埋まっていた。共同装備の振り分けや、各々身辺を整えて6:45に出発する。美濃戸口に到着した時点で、厳冬期の八ヶ岳とは思えない気温感を味合う。この時の温度は約-1℃であった。

歩荷量は最大で26kg、平均重量は約20kgと気温も相まって、歩き出して数分で汗が噴き出す。これ以上の発汗を控えるべくペースを抑え、各自体温調節をしながら進んだ。初めの分岐である美濃戸山荘までの段階で、後ろから来た登山者たちに少しずつ抜かされていった。事前に危惧されていた、赤岳鉱泉のテント場で最適な場所が確保できるか、という憂慮事項が頭に過った。

ペースは保ちたい、しかしテント場の確保もしたいという願いを叶えるべく、健脚であるあじさん、しほさんがテント場確保の先発隊として、残りのメンバーは赤岳鉱泉まで確実に到着ができるようチームを分けた。この先発隊2人は、後発隊の約1.4倍に近いペースで先に赤岳鉱泉まで行ってくれた(9:40着)。あの歩荷量に加えこのスピード、脱帽とともに深謝した。

後発隊はお互いに様子を見ながら、遅れているメンバーがいれば声をかけ、細かに休憩を取り、無理なく目的地まで到着できるよう協力し合った。八ヶ岳ブルーの空にも励まされながら、厳冬期と呼ぶには心許ない積雪量の樹林帯を約4時間かけて進み、10:45には後発隊も無事に到着することができた。

到着するもびっくり、まさかのアイスキャンディ前、言うなればライブのアリーナ最前列・特等席である。先発隊2人に重ねて感謝した。テントの設営も完了し、昼食を摂り一息ついたところで、ロープワークの復習や周辺の散策、赤岳鉱泉の談話室で本を読み、翌日の計画を再確認する等、夕食まで各自思うように時間を過ごした。水は赤岳鉱泉で確保されているものを頂戴し、調理や飲料水に使わせてもらった。2泊3日分の水を歩荷しなくても良いということに、感謝してもしきれない。

16時に夕食の支度を始めた。夕食は鶏団子のうま塩だし鍋だった。よっつーさんが合宿サポートの方から学んだ乾燥野菜をふんだんに使い、夕食担当のだもさんが準備をしてくれた。〆はマルタイの棒ラーメンでお腹が満足するまで食べることができた。自チーム自賛だが、このチームの食当は水準が高い、と各方面から前評判があったがその通りである。訓練時に試食する都度改良をし、軽量化と美味しさを両立させることができた。

時期を同じくして隣のテントにいた合宿Bメンバーの方からビールのお裾分けをしてもらい、みんなで乾杯をした。訓練時から行われていた、あじさんの職人技とも言える丁寧なコッヘルのこそぎに今回も一同感服した。食事を終えた頃には赤岳に夕日が差し、赤く染まっていた。赤岳だけに。中山尾根や峰の松目に行くという同志会メンバーにも会うことができた。明日に備えて20時には就寝した。空には星と月が光り、底冷えするような寒さはなく、快適な夜だった。

《2日目 赤岳鉱泉⇒赤岳》
暖かいテント内でぐっすりと就寝することができた。4:00に起床し、5:15頃には朝食を終えた。朝食担当はまささんで、メニューは豚汁のおじやだった。豚汁とご飯は別々に食べるもの、という固定概念が取っ払われるほど美味しく、力が湧いてきた。6:15に赤岳鉱泉を出発した。無風の快晴で穏やか過ぎるくらい好天だった。7:00に行者小屋に到着し、装備を整えてまずは地蔵尾根へと向かった。

メンバー同士で注意し、時には助け合いながら、直登や鎖場、地蔵尾根の核心部であるステップを慎重に越えて、時々ご褒美に北アルプスの姿を見て楽しんだ。9:00に地蔵の頭の稜線へ到着し、待っていたのは圧巻のパノラマビュー。かけていたサングラスも思わず外して見てしまうほどの絶景。雪も締まっていて非常に歩きやすい。稜線に出れば流石に風も出てくるだろうと危惧していたが、怖いほどに静かで凪いでいた。電波が届く赤岳天望荘にて、翌日の硫黄岳付近の天気予報を確認した。

朝から雨と暴風、撤退基準としていた風速20m/sを超える24m/sの予報が出ていたため、この時に硫黄岳の登頂は不可と判断した。休憩を終え、最後の登りは後少しだ、ピークを踏めるぞと励まし合いながら、10:25に無事赤岳に登頂した。互いに称え合い、感謝をした。てっちゃんさんが登頂を報告し、記念撮影を終え下山を開始する。ルートの注意点としていた、文三郎尾根にあるマムート階段が現れるが、雪がたくさん付いており、どこが階段であるか分からないほどだった。

途中、メンバー1人が体調を崩し、あじさんが自身のザックにメンバーのザックを外付けし下山した。支え合いながら成し遂げようとする様にまた心を動かされた。焦らず慎重に下り進め、12:15に行者小屋に到着し、赤岳鉱泉には12:45に戻ることができた。デポしていた各自の荷物をザックに入れ、テントを撤収し下山しようとしたところへ、合宿Bの皆さんが縦走から戻ってきた。大変お疲れ様でした。

13:30には赤岳鉱泉を後にし、なぜだか行きより重量も容積も増えた気がするザックを背負いながら、黙々と進んだ。北沢の途中に、岩清水が流れ出ては凍りつき、氷が溶けだしてはまた凍る工程が繰り返されたであろう、自然のスケートリンクのような幻想的な道があった。クランポンを着用していないメンバーは転倒をしないよう慎重に歩行したが、気温の上昇により溶け出した表面の水滴でつるりと滑り何名か転倒するも、重たいザックに助けられる。

巻道を何度か利用し、16:30に美濃戸口へ到着した。メンバー一同、達成感や安心感に包まれながら、近隣の温泉で汗を流し、みんなのテンホウを食べて、赤岳の登頂を祝い、英気を養った。

《最後に》
合宿当日まで約3カ月間、幾度となく打ち合わせや訓練を積み重ねた。社会人が業務外でこれほどまでに誰かと何かを計画し、一つの目標を実行・達成する、そんな経験を果たしてどれほどの社会人が実践できるだろうか。CLてっちゃんさんと訓練や本番中に何度か話していた内容である。

メンバーはもちろんのこと、合宿の実施に際して計画からサポート、実施の見届けまで対応くださった山行部の皆さまをはじめ、各部主催で行われたセミナーや雪上・雪洞訓練等、企画実施してくださった皆さま、事前に合宿の課題チェックをいただいた皆さま、同志会に見守られて、支えてもらった合宿であったと改めて思う。多くを学び、知識を得て、最大限に活かし、実践することができた。

皆さまの懇切丁寧な指導、ご助力により、無事に合宿を終えることができました。次に繋げていけますよう、この経験を糧にメンバー一同精進して参ります。末筆ながら感謝と敬意を込め、心からの御礼申し上げます。

 

 

コメントを残す

CAPTCHA